AB3C CASE STUDY ・ 02
福井県鯖江市 ・ 印鑑製造販売(創業 126 年)
想いを伝える桐箱
小林大伸堂
ハンコ不要論の逆風下で EC 売上を倍増。「名前」「想い」「印」3 つの価値で開運印鑑をリブランディングし、新ブランド 「名印想」 を立ち上げた。命名理由を刻む桐箱は 「箱だけほしい」 客まで生み出した。
消えゆく印鑑 ── 逆風下の相談
デジタルガバメント戦略が進み、行政手続きの完全デジタル化が現実のものになりつつある。認証の電子化によって印鑑を不要にしようという取り組みが進み、印鑑業界は存亡が危ぶまれる状況に置かれた。
そんなおり相談に来られたのが、創業 126 年・小林大伸堂(福井県鯖江市)の小林照明社長だ。息子の稔明さんへの事業承継を見据えながら、新しい事業を開発したいというご相談だった。EC サイトは 5 つ運営し、Googleで「開運印鑑」と検索するとトップ表示されるほどネットマーケティングには強い。しかし本質的な「選ばれる理由」がなければ、いずれ競合に追いつかれる。
購入者の約半分は贈り物として購入していた。「出産祝い」「就職祝い」「結婚祝い」など、人生に一度のお祝いのタイミングで両親や祖父母が贈る。届いた購入者の声を見ると「前向きになれた」「相手に思いを伝えられた」「子供が本当に喜んでくれた」という言葉が並ぶ。印鑑には、認証道具としての価値だけでなく、購入者を感動させる何かがある。その正体を探し出すため、調査と話し合いを重ねる日々が 3 年間続いた。
名前というアイデンティティに想いがこもる
分析の結果、感動を生む要素の正体が見えてきた。それは名前だ。生まれたときに与えられ、死ぬまで変わらない、唯一無二のもの。名前はアイデンティティそのものだ。そのアイデンティティを扱っているからこそ、印鑑には強い想いが込めやすい。
感動を生むには 3 つの要素が必要だと整理された。「名前」「想い」「印(カスタムデザイン)」——1 つでも欠けると感動は生まれない。3 つの価値を分かりやすく伝えるために、新ブランド 「名印想(めいいんそう)」 を立ち上げた。
リブランディングにより、売上本数が倍増
EC サイトをギフト目的に特化したコンセプトに切り替え、5 つのギフトシーンを提案するページを制作。注文時には贈答の目的や気持ちを丹念に聞き出す仕組みも設けた。商品そのものは一切変えていない。にもかかわらず、開設直後から開運印鑑の売上本数は倍増した。
見えづらかった価値をリブランディングするだけで顧客の心に響かせることができた好例だ。これまで「開運印鑑屋」としてまとめられていた競合との違いが、「名前・想い・印に真摯に向き合う店」として明確に打ち出された。
命名の想いを十数年後まで残す桐箱
「顧客の言葉を聞くのではなく、言葉にならない想いを聞く」という行動指針のもと、接客をさらに深めると、出産祝いとして贈る名付け親からの声が目立った。命名に込めた想いを伝えたい、という意欲が特に強い。
命名書を別途添付する案も検討したが、飾るのは命名直後の数日だけで、すぐにしまわれてしまう。数年後、十数年後に本人に見てもらえる方法が必要だった。
辿り着いたアイデアが、印鑑の桐箱そのものにメッセージを刻む方法だ。アルミ板への刻印など素材を試した末、桐箱に直接刻むことで落ち着いた。劣化せずに長年保管でき、手渡しの瞬間に受け取り手へ想いが一瞬で伝わる。感動を演出するアイテムとして最適だった。
「印鑑は要らない、箱だけほしい」
桐箱への刻印サービスが広まるにつれ、想定外の問い合わせが届くようになった。「中身の印鑑は要らないので、箱だけでも売ってほしい」——印鑑よりも箱の価値の方が大きいと感じる層が確実に存在した。
こうした需要があるなら、桐箱の中には印鑑だけでなく、赤ちゃんのおもちゃや文房具を入れて販売することもできる。もともとの依頼は「印鑑業界が衰退しても生き残れる新規事業の創出」だった。命名理由を刻む桐箱は、その答えの一つとなりえた。
商品は何も変えずに、見えていなかった価値を言語化し伝え方を変えただけで売上が倍増した。さらにその価値を商品に体現した桐箱が「印鑑産業が無くなっても生き残れる軸」へと進化した。